明治の衣裳箪笥 ビフォーアフター
山形県山形市在住/武田様/50代女性
空き家となっていたご実家の整理を進めるなかで、蔵の中に遺されていた一棹の箪笥について「和箪笥診断」のご相談をいただきました。
この箪笥は、ご主人の家系で長く使われてきたものです。
厳しくも品格のある方だったという義理のお母様が亡くなられて三年――。
ようやく遺された品々と向き合う時期を迎え、整理の途中でこの箪笥が姿を現しました。
拝見してまず目に飛び込んできたのは、刳形(くりがた)の大きな錠前金具と堂々としたヒル手金具でした。
重厚な金具がつくる力強い表情は、実用品としての堅牢さとともに、当時の職人の美意識を今に伝えています。
抽斗の前板には栗材が用いられており、力強く現れる木目の美しさからは、この箪笥が単なる収納家具ではなく、見て愛でる家具として仕立てられていたことが窺えます。
男箪笥(野郎箪笥)という存在
今回ご依頼いただいた箪笥は、置賜地方でいうところの**男箪笥(野郎箪笥)**にあたるものです。
米沢を中心とする置賜地方では、男女で箪笥の大きさや意匠が異なる文化がありました。
女性用の箪笥は、二本松箪笥にも匹敵するほどの堂々とした大きさを持つ、二重ね式の衣裳箪笥が主流でした。
一方、男性用の箪笥はそれより二回りほど小さく作られ、主に婿入り箪笥として用いられました。
この地方ではそれを親しみを込めて、男箪笥(野郎箪笥)と呼んでいたのです。
収納量や意匠の違いの背景には、当時の家制度や暮らしの価値観が垣間見えます。
家具の姿そのものが、時代の空気を静かに語っているようにも感じられます。
置賜地方に残る箪笥文化
米沢を中心とする置賜地方は、全国でも有数の車長持の産地として知られてきました。
そのため衣裳箪笥の製作は比較的遅く、明治中期頃からようやく作られるようになり、明治後期に入って米沢箪笥の意匠が確立し、次第に普及していったと考えられています。
その背景には、産地としての誇りもあったのかもしれません。
また一方では、藩政改革を行った 上杉鷹山
の倹約の教えが、この地域の暮らしに長く影響していたとも言われています。
時を越えて受け継がれる家具
長い年月を経て残されたこの箪笥には、家族の暮らしの記憶が静かに宿っています。
私たちは、その歴史と風格を大切にしながら、当時の姿を尊重した修復再生を行い、再び次の世代の暮らしの中で使われる家具として蘇らせます。
家具は単なる古い道具ではなく、人の暮らしとともに時間を重ねてきた文化そのものです。
納品の日
修復再生を終えた衣裳箪笥は、ご依頼主のご自宅へ納めさせていただきました。
設えられた場所は、仏壇の隣。
家族が見守る場所に、横並びに据えられました。
再生した箪笥を前に、ご依頼主はしばらく静かにその姿を見つめておられました。
やがて、こんなお言葉をお聞かせくださいました。
「再生した箪笥を前にすると、この佇まいが、義母の姿と重なって見えて胸が熱くなります。」
厳しくも、品格のある方だったというお義母様。
その面影が、この明治の箪笥の姿と重なったのかもしれません。
長く家族とともに過ごしてきた家具には、単なる道具を超えた人の記憶や気配が宿ります。
再び家の中に迎えられたこの箪笥は、これからも静かに家族の時間を見守り続けていくことでしょう。

























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